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ガラスのうさぎ

更新日:2020年8月5日

ガラスのうさぎ像平和と友情のつどいについて(8月5日町長メッセージ)


 二宮町では、昭和20年8月5日に駅周辺において米軍機の機銃掃射を受け、尊いいのちが犠牲となり、昭和56年にいのちの尊さと平和への願いを込めて「ガラスのうさぎ像」が多くの方々のご協力により建立されました。
 その後、「ガラスのうさぎ像」建立の精神を引き継ぎ、二宮町における唯一無二の平和事業である「ガラスのうさぎ像平和と友情のつどい」も今年度で30 回の節目を迎える予定でありましたが、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から来年度以降に延期となりました。
 今年は、広島・長崎に原爆が投下されてから75年目を迎え、今日では、戦争を体験したことのない世代が国民の多くを占め、多くの方々の記憶から戦争や原爆の悲惨な出来事が次第に薄れてきております。
 平和と友情のつどいを通じて小中学生とともに、平和について共に考える機会を失ってしまったのは残念でなりません。
 しかし、戦争という悲劇を二度と繰り返さぬよう、その悲惨さと、恒久平和の尊さを次の世代に繋げることの大切さはまったく変わることはありません。
 昨年の平和と友情のつどいには、8年振りに「ガラスのうさぎ」の原作者である高木敏子さんにお越しいただきました。その時の言葉で「戦争を起こそうとするのは人の心です。戦争を起こさせないとするのも人の心です。」という言葉がありました。
 今年度の平和と友情のつどいは中止とさせていただくことになりましたが、来年度以降については新しい生活様式に対応した形で「ガラスのうさぎ像平和と友情のつどい」を開催し、平和の尊さについて町民に伝えてまいりたいと思います。
 なお、二宮駅南口にある「ガラスのうさぎ像」を千羽鶴で装飾する取組は実施しておりますのでお見かけの際に改めて平和について考えていただければと思います。


令和2年8月5日
二宮町長 村 田 邦 子

「ガラスのうさぎ」の由来

太平洋戦争終結直前の昭和20年8月5日、ここJR二宮駅(当時国鉄)周辺には艦載機P51の機銃掃射を受け、幾人かの尊い生命がその犠牲となりました。
この時、目の前で父を失った12歳の少女が、その悲しみを乗り越え、けなげに生き抜く姿を描いた戦争体験記「ガラスのうさぎ」(高木敏子さん著)は国民の心に深い感動を呼び起こし、戦争の悲惨さを強く印象づけました。
この像は、私たち二宮町民が平和の尊さを後世に伝えるために、また少女を優しく励ました人たちの友情をたたえるために、多くの方々のご協力をいただき建てたものです。

少女が胸に抱えているのは、父の形見となったガラスのうさぎです。

「ガラスのうさぎ」像記念碑文より

ガラスのうさぎ像

二度と戦争があってはならないと、永遠の平和を願う人々の浄財によって昭和56年(1981年)、二宮駅南口に、この像は建てられました。

「ガラスのうさぎ」像記念碑文の英訳

「ガラスのうさぎ」像建立の精神を世界の多くの方々に伝えるため、二宮高等学校にご協力していただき、碑文を英訳しました。戦争は絶対にしないという心を世界に向けて発信していきます。

The image "The Glass Rabbit"Memorial Inscription

ガラスのうさぎ像平和と友情のつどい

「ガラスのうさぎ」像は、町の平和と友情のシンボルであり、平和への関心を高め、二度と戦争を繰り返してはならないという願いが込められています。この思いを後世に伝えることを願い、平和と友情のつどいを毎年8月5日に開催しています。

【令和元年8月6日開催の様子】(令和元年は8月6日開催となりました。)

令和2年度は新型コロナウイルス感染症拡大防止観点から、中止となりました。

ガラスのうさぎ

ガラスのうさぎ

二宮西中学校(生徒有志と地域の方々)のみなさんによる合唱

ガラスのうさぎ

ガラスのうさぎ

一色小学校の児童による合唱

ガラスのうさぎ像を千羽鶴で飾りましょう

平和への願いを込めて、毎年8月1日から8月15日まで「ガラスのうさぎ」像に千羽鶴を飾っています。

(注釈)千羽鶴は、毎年7月頃に持ち込みの受付をしています。

令和2年度は、新型コロナウイルスの影響により、8月5日から8月14日までに飾りつけ期間を変更します。

ガラスのうさぎ

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