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あしあと

    倉上横穴墓群

    • [更新日:2025年9月30日]
    • ID:161

    このページでは倉上(くらがみ)横穴墓群についてご紹介します。倉上横穴墓群は神奈川県中郡二宮町山西字倉上に所在しています。

    二宮町には東から葛川、梅沢川、押切川と相模湾に注ぐ3つの河川が流れています。
    二宮の横穴墓群分布の特徴としては、3つの河川の流域に多数作られていることです。
    倉上横穴墓群は中央の梅沢川によって形成された大磯丘陵南端部の小谷津群の中の一つに造営されています。

    発掘調査は、二宮町立町民運動場の建設工事に伴い、昭和62年3月から5月まで実施されました。
    調査前の下調べでは15基の横穴墓が確認されていましたが、雑木や篠竹等を伐採し、崖面の掘削を行った結果、本調査であらたに3基を発見しました。
    18基のほとんどはすでに開口墓でしたが、8号横穴墓は天井部の落盤により、土に埋まっていた5体分に及ぶ人骨や直刀・刀子などの鉄製品、須恵器(すえき)・土師器(はじき)などの遺物が発見されました。
    また、他の横穴墓においても流入土が多かったために、金銅環や須恵器・土師器等のいくつかの遺物が発見されました。

    はじめに資料No.1~4の須恵器についてご説明します。
    須恵器の起源は4世紀末~5世紀前半に朝鮮半島から渡って来た人々によって作られました。
    それまでの日本の器は、土をこねて器の形を作り、野焼きして作る土師器が主でした。
    土師器は手軽に作れる反面、壊れやすく、液体を入れるとしみこんでしまう、肌触りが良くないなどの難点がありました。

    また、須恵器は薄い灰色をしています。これは斜面に築いた窯の中で、一時酸欠状態にして1100度以上の高温で焼くためにおこります。
    焼き上がった器は非常に硬く、表面がスベスベしています。
    土師器に比べて厚みがありませんので、丈夫で軽い器が出来上がります。
    また、須恵器の表面にはいくつかの筋が付いています。これはロクロを使って作られたためにできる筋です。
    土師器は手びねりで一人ひとり作るため、個性的なデザインが多く見られますが、須恵器の形は画一的になります。
    形が画一化されることで、器の大量生産が可能となり、流通の幅を広げることができました。

    新しい技術を持った専門の職人の登場はそれまでの器の常識を変え、生活を一変させるものであったことでしょう。
    特に、横穴墓から発見される土師器・須恵器は、死者にも飲食物を与えるという古代人の霊魂観を反映していると思われ、今後の研究が大いに期待できます。

    資料ナンバー1 須恵器1
    須恵器1

    平瓶(ひらべ・へいへい)
    胴体部分が欠けてしまっています。
    平瓶は壺の底が平らで横向きに置けるようにしてあります。主に酒などの液体を入れるために作られました。

    資料ナンバー2 須恵器2
    資料ナンバー2 須恵器2の写真

    平瓶(ひらべ・へいへい)
    口の部分が欠けてしまっています。
    表面に黒いブツブツが見えますが、これは土の成分によってできたものと思われます。
    この器で0.5リットルくらいの水が入ります。

    資料ナンバー3 須恵器3
    資料ナンバー3 須恵器3の写真

    坏(つき)
    今でも十分使えそうなきれいな器です。
    色は白っぽく、丸みを帯びた底をしています。
    これは今でいう茶碗やお皿にあたります。
    古代人はどんな食べ物を入れて使ったのでしょうか。

    資料ナンバー4 須恵器4
    資料ナンバー4 須恵器4の写真

    坏(つき)と蓋(ふた)
    資料ナンバー3と同様の器ですが、こちらは蓋が付き、底に高さがあります。
    蓋に見えるいくつかの筋はロクロを使って作られた証拠です。

    資料ナンバー5 土師器
    資料ナンバー5 土師器の写真

    土師器(はじき)の坏(つき)
    資料ナンバー3と同様の器ですが、こちらは土師器です。
    一部復元しています。土師器は比較的もろいため、土の中で押しつぶされ、割れてしまう場合が少なくありません。
    土師器を作るには焼き芋を作るときのように葉や枝を集め、その上へ積み重ねて焼きます。
    こうして焼くと700度~800度くらいの温度になります。
    十分に酸素を得た状態で焼くため、表面は酸化して赤茶色になります。

    倉上横穴墓群

    所在地
    山西字倉上

    遺跡種別
    横穴墓群

    時代
    古墳

    概要
    1987年、町民運動場建設に伴う発掘調査で、東群9基、西群9基からなる横穴墓群を検出。土師器・須恵器・金属製品・玉類などが出土。

    参考文献
    二宮倉上横穴墓群発掘調査団編 1990『二宮倉上横穴墓群』

    お問い合わせ

    二宮町教育委員会教育部生涯学習課生涯学習班

    住所: 〒259-0123
    神奈川県中郡二宮町二宮1240-10

    電話: 0463-72-6912

    ファクス: 0463-72-6914

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