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あしあと

    民俗・伝統行事

    • [更新日:2023年2月25日]
    • ID:56

    歳の市

    歳の市1

    年の瀬も迫った12月27日頃、二宮駅北口商店街に歳の市がたちます。ダルマイチ、暮市ともいいます。お正月のお飾りや注連縄、だるまなどが売られています。昼間から夜まで一日中行われ、露店も出てにぎやかになります。

    歳の市2

    かつては町内にも何箇所か市のたつところがあったそうですが、現在は茶屋地区の旧道沿いとこの場所だけになってしまいました。

    ハシゴ乗り

    消防出初め式

    消防出初め式とそのあとの町内廻りで、とび職の人たちによって披露されます。

    とび口で支えられるハシゴ

    ハシゴの下ではとび口をもった人たちがハシゴを支えています。

    ハシゴ乗り

    ハシゴに乗るのは若鳶(ワカトビ)といわれ、赤筋袢纏の人たち(オヤ)の歌う木遣り(キヤリ)にあわせて演技します。ハシゴの高さは約14メートルです。

    各地区のドンド焼き

    ドンド焼きの写真

    1月12~14日の午後、町内各地でセーノカミや最寄りの広場に小屋・やぐらを立て、その周りに集まって、お正月のお飾りやダンゴを焼きます。この行事はダンゴ焼き、セートバレエ、左義長などとも言い、昔から行われてきました。やぐらを焼いた煙にあたると一年中風邪をひかず、子どもたちの燃やす書初めは、灰が舞い上がっただけ腕が上がるなどとと言い伝えられています。
    写真は2004年に一色公民館前(一色1036)に作られたセーノカミの小屋です。

    川勾神社 筒粥祭(つつがゆさい)

    葦

    江戸時代に川勾神社と関係のあった師岡熊野神社、大山阿夫利神社から教わり行うようになった神事です。1月15日の早朝にその年の12種類の作物の豊凶を占います。
    あるお宅から葦をわけてもらい、10センチほどに切りそろえ、苧縄で12本ひとまとめにつなげます。

    鍋と筒

    鍋の中に米をひいたものと水、葦で作った筒を加えて煮込みます。ときどき、しゃもじでかき混ぜます。12本の筒は12種類の作物を示しています。筒の中にどのくらいお粥が入っているかで、判定します。
    農家の人たちはこの結果を見て、植える苗を選んだり、作付面積を決めたりしました。数字が多いほどよくとれることを示しています。

    『二宮町史 資料叢書3 川勾神社日記(一)』(二宮町総務部総務課町史編さん係編 平成4年10月 二宮町発行)222ページには寛政9年(1797年)のときに行われた筒粥の結果が記されています。現在の12種類の作物は、江戸時代と比べると3種類異なっています。二宮で作られてきた作物の移り変わりを知ることができます。

    占いの結果の写真

    占いの結果

    占いの結果の読み方の画像

    占いの結果の読み方

    川勾神社 節分祭

    矢を射るところ

    2月3日は川勾神社境内で節分祭が行われます。神前で追難(ついな)神事の後に鬼追(おにおい)行事を行います。鬼追行事は境内の東西に作られた木製の赤鬼・青鬼の面に矢が放たれ、その年の無病息災を祈ります。

    小判の入った福豆

    その後、裃(かみしも)姿に着替えた年男による豆まきが行われます。豆の中には大黒様の小判と番号の書かれた札が入っており、番号によっていろいろな品物と交換できます。

    境内のにぎわい

    すこやかな一年を願って、たくさんの人々が訪れます。境内はいつになくにぎやかな雰囲気に包まれます。

    七夕行事

    七夕行事の写真

    山西の梅沢地区には8月7日の早朝に女の子たちが柳の枝で作った物干しを海岸へ持っていき、物干しに人形を飾る七夕行事が伝えられていました。物干しの長さは30センチほどで、赤や白などの色紙で作った着物をかけます。2枚の着物には男女の意味があり「七夕さまや、七夕さまや、一に短冊あげますからに、この手をあげてくだしゃんせ」と歌い、お裁縫(さいほう)やお習字の上達を祈りました。終わると人形は海に流してしまいます。

    写真の資料は神奈川県立歴史博物館で保管されています。

    夏祭り(祇園祭)

    夏祭り(祇園祭)の写真

    町内に4箇所ある八坂神社(通り三町・元町峰岸山・中里天王山・一色兎沢)のお祭りです。毎年7月の中旬~下旬には各地区で神輿の渡御が行われ、囃子や太鼓を披露するなど、老若を問わず活気が出ます。

    お盆の砂盛り

    お盆を迎える8月13日頃には家の玄関先に砂を盛った砂盛りが作られます。砂を盛ったものの呼び名は、一色地区では盛り砂、二宮地区では砂盛り、ツジ、富士山があります。写真は川匂地区で2005年に見られた砂盛りです。砂盛りはお盆に帰ってくる先祖を迎えるために各家で作られ、いろいろな形が見られます。

    お盆の砂盛り1

    砂を箱に入れた形です。箱の中には市販の藁馬と仏花、サトイモの葉が飾られています。プラスチック製のサトイモの葉には刻んだナスが乗っています。

    お盆の砂盛り2

    玄関の標柱の下に砂を盛った形です。砂盛りの隣には花瓶に入れた花が飾られています。よく見ると小さい石が三つ、階段状に並べられています。砂盛りの上には葉っぱが置かれ、刻んだナスが乗せられています。

    お盆の砂盛り3

    泥で塗り固められた形です。砂盛りの後ろには竹で作った花立てが置かれ、割り箸で階段が作られています。葉っぱにはホオヅキが置かれています。

    しほみ盆踊り唄

    しほみ盆踊り唄の写真

    明治の終わり頃、お盆の夜に二宮の通り三町(上町・中町・下町)を袖の長い着物を着た女の子たちが十数人ずつで踊りながら歌って歩いたそうです。提灯の色が違っている新盆の家の前に来ると立ち止まって歌いました。もともと伝えられていた地では覚えている人がいなくなってしまい、下町から中里へお嫁に来た方が踊りをつけて中里で広めまし

    川勾神社 みそぎ祭

    川勾神社 みそぎ祭1

    毎年10月10日前後の土曜日、日曜日に行われ、川勾神社の例大祭、浜下り祭ともいいます。

    川勾神社 みそぎ祭2

    二宮町内15箇所のお旅所をめぐり、夕方には梅沢海岸に神輿を奉じて祭事を行います。夕闇せまるころに勇壮な神輿があらわれ、浜辺をねり歩きます。

    賑う浜下り祭

    賑う浜下り祭(善波喜代治 撮影)

    一番下の写真は、昭和30年代前半に同じ行事を撮影したものです。松の生えている側から広い浜を見下ろした構図で、たくさんの人と、中央やや左寄りに小さく神輿がみえます。

    昔の年中行事

    昔の七草

    日本には季節が移り変わる中で、決まった時期に行われるさまざまな行事があります。
    昔から行われていた年中行事には、生活の変化とともに消えてしまったものや、形を変えて現在も残っているものなどもあります。
    ここではかつて二宮町でみられた行事や風習をご紹介します。